「古くなる」と「放っておく」は違う。
「古くなる」と「放っておく」は違う。
街で古い車を見かけると、思わず足を止めてしまう。
何十年も走り続けてきた車には、新しい車にはない魅力がある。
もちろん傷もある。
塗装は少しくすみ、革シートには年月が刻まれている。
しかし、それが美しい。
ボンネットを開ければ、整然と並ぶ金属の機械。
人の手で整備されることを前提につくられたクラフトマンシップ。
無駄のない構造。
静かに鼓動を続けるエンジンからは、「まだ走れる」という気配が伝わってくる。
古いことと、みすぼらしいことは違う。
その違いを生むのは、年月ではない。
手をかけ続けたかどうかである。
家も同じだ。
築三十年、四十年という数字だけでは、その家の価値は決まらない。
丁寧に住み継がれた家には、時間だけが生み出せる美しさがある。
無垢の床は飴色へと変わり、塗り壁には深い陰影が生まれる。
柱には家族の成長が刻まれ、庭木は四季ごとに豊かな表情を見せる。
住む人が手をかけ続けた家は、歳月とともに価値を増していく。
反対に、新しい家であっても放っておけば、あっという間に家は古びてしまう。
家も、車も、人も同じである。
時間は、すべてを古くする。
しかし、手入れだけは時間に負けない。
だから私は、家づくりとは完成した瞬間がゴールではなく、その後何十年と続く暮らしまで設計することだと思っている。
流行を追いかける家ではなく、時代を超えて美しくあり続ける家。
経年劣化ではなく、経年美化。
それが私たちの目指す家づくりである。
そして、この考え方は会社も同じだ。
私たちの会社は、明治三十年(一八九七年)に創業した。
来年、おかげさまで創業百三十年を迎える。
「百三十年続く会社」と聞けば、多くの人は長い歴史を思い浮かべるだろう。
しかし、私が誇りたいのは、その数字ではない。
古い会社なら、いくらでもある。
材木商として始まった私たちは、時代が変わるたびに、自分たちの仕事を少しずつ変えてきた。
木材だけではなく、また家を建てるだけでは足りないと思えば設計を磨き、
建てた後も守りたいと思い「家守り」を始めた。
庭まで含めて暮らしを豊かにしたいと考えれば、その仕事にも挑戦してきた。
もし、時代の流れに甘え、学ぶことをやめ、磨くことをやめ、ただ古いだけの会社になっていたなら、その歴史には何の価値もない。
百三十年という時間に価値があるのではない。
百三十年間、時代の変化に向き合い、学び、磨き、直し、手を入れ続けてきたことに価値がある。
家も、車も、手をかけなければ古くなっていく。
会社もまた同じである。
暮らしは変わる。
求められる性能も価値観も変わる。
だからこそ、変えてはいけないものと、変えなければならないものを見極め続けなければならない。
私たちは今日も掃除をする。
道具を磨く。
朝は笑顔で挨拶を交わす。
新しい工法や設計を勉強する日もあれば、傷んだ家の修理に一日を費やす日もある。
その一つひとつは決して派手ではない。
しかし、その積み重ねだけが、会社というものを育てていく。
ただし、一つだけ変わらないものがある。
それは、「良いものを、永く使えるようにつくる」という思想である。
流行は古くなる。
思想は古くならない。
私たちが目指しているのは、古い会社ではない。
時を重ねるほどに価値が増していく会社である。
古くなることは悪いことではない。
放っておくことが、価値を失わせるのである。
家も、車も、そして会社も。
手をかけ続けたものだけが、美しく歳を重ねていく。
来年、私たちの会社は創業百三十年を迎える。
その百三十年は、時間が積み重なった結果ではない。
手をかけ続けてきた結果なのである。

092-942-2745