手でつくられたもの。
手でつくられたものが好きである。
木の椅子でも、器でも、長く使っていると、ふと気づくことがある。
この角に、わずかに面が取ってあるのは、手が触れるからなのか。この形には、使いやすい理由があったのか。
作った人に尋ねたわけではない。それでも、使う人のことを考えた仕事は、日々の暮らしの中で伝わってくる。
たとえば、紙を撚った紐で、座面を編み上げた椅子がある。
ペーパーコードと呼ばれるその紐を、職人が一本ずつ編んでいく。見た目は簡素だが、その座面には、丈夫さとしなやかさがある。
使い続けるうちに、張りのある座面が少しずつ馴染み、腰を下ろしたときの感触が、自分にしっくりくるようになる。その変化を楽しめるのも、こうした椅子のよさだろう。
編まれた座面の風通しや、肌に触れる感触にも、使う人への心配りを感じる。
「ここまで考えてくれていたのか」
毎日、何気なく座っていた椅子に、あるとき、そんな思いを抱く。すると、その椅子が、以前よりも少し大切なものになる。
家も、そういうものだと思う。
雨の日、窓を開けていても雨が入りにくい。そのときに、軒の深さがありがたい。
毎日手をかける建具が、気持ちよく動く。床に腰を下ろすと、木の感触が心地よい。
住み始めたときにはわからなかったことが、暮らすうちに見えてくる。
我々のつくる家では、今も大工と左官が主役である。
大工が木を扱い、家の骨格をつくる。左官がコテを動かし、壁を仕上げる。その手元を見ていると、家づくりには、図面だけでは伝えきれないものがあると感じる。
木の癖を読むこと。手に触れるところを確かめること。仕上がりを見て、もうひと手間をかけること。
住む人が気づくかどうかは、わからない。それでも、丁寧に仕事をする。その積み重ねが、暮らしの心地よさにつながっている。
家は、引き渡した日から、家族とともに歳を重ねていく。
柱の色が深くなる。床に艶が出る。庭木が育ち、窓の向こうに木陰ができる。
傷もつく。具合の悪くなるところもある。
長く使うというのは、そういうことだ。
傷んだところを直す。建具を調整する。床を手入れする。暮らしの変化に合わせて、必要なところに手を入れる。
椅子の座面を編み直して、また使うように、家も手をかけながら住み続けることができる。
そのとき、頼める職人がいる。家のことをわかっている人が、また訪ねてきてくれる。住む人にとって、それは大きな安心だろう。
我々も、その安心を支える会社でありたい。
ものを大切にする人は、よく手をかける。
使って、様子を見て、手入れをする。そうしているうちに、簡単には手放せないものになっていく。
家にも、そんな付き合い方があると思う。
十年、二十年と暮らした人が、ある日、職人の仕事に気づく。
「ここまで考えてくれていたのか」
そんなふうに感じてもらえたら、つくった我々もうれしい。
我々のブランドメッセージ「より美しく、住み継ぐ。」
この言葉を口にするとき、私は、木に向かう大工の背中や、壁を仕上げる左官の手を思い浮かべる。
あの手がつくった家を、長く大切に住んでもらいたい。

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