放下着 コレクターのジレンマ
コレクターのジレンマ
高かったから。
もしかしたら、また聴くかもしれないから。
音楽好きの知り合いにあげたら、喜ぶかもしれないから。
マニアとして、これは持っておくべき。
いわゆる名盤だし、玄人好みの渋い一枚。
音はともかく、ジャケットが好き。
手放すと、コレクションの棚が少し寂しくなる。
レコードを残しておく理由なら、いくらでも出てくる。
また一方で、間違えて同じものを買ったり、その場のノリで買ったり、ジャケ買いで見事に外したり。
どう聴いても自分の好みではないものもあれば、若い頃は好きだったけれど、
今はすっかり針を落とさなくなったものもある。
若い頃から、少しずつ集めてきたレコード。
気がつけば、聴きもしないのに、棚の中でずっと場所を取っている。
持っているだけで安心するのだろう。
聴きたい音楽がそこにある安心というより、「いつでも聴ける」という可能性を、手元に置いておきたいのかもしれない。
けれど、一番悩ましいのは、好きでも嫌いでもない一枚だ。
棚から取り出しては、今日は聴こうか、いや、また今度にしようかと迷う。
そして結局、いつものお気に入りに手が伸びる。そんなことを、もう何年も繰り返している。
たぶん、この先も聴かない。
「いつか聴くかも」の、その「いつか」は、この歳になると、もう一生来ないのであろう。
ここは思い切って、手放すことにしよう。放下着
そう決めたはずなのに、いざ手放すとなると、最後にもう一度だけ針を落としてみたくなる。
これは処分。
そう思って聴き始めたのに、途中で、なかなかいいじゃないかと思う。こんな演奏だったか。
やっぱり取っておこうか。しっかり聞き込んでみたら、この良さがわかるのではないか。
途端に判断が鈍る。
最後の確認のつもりが、残す理由を探す時間になっている。これでは、いつまでたっても片づかない。
レコードをジャケットに戻し、少し眺めてから、処分用の段ボールに入れる。
その手が、また止まる。棚に戻すのは簡単だが、それでは今までと同じである。
なんとも苦渋に満ちた作業だ。
それでも、残す枚数をざっと考えてみる。
ジャズが400枚、ブルースが100枚、ソウルが50枚。ロックが200枚、和物が100枚、その他が50枚。
合わせて900枚程度。
十分ではないか。
それだけあれば、好きな音楽と過ごす時間には事欠かない。
むしろ、これまでよりじっくり聴ける気がする。
それ以外は手放して、お気に入りだけのコレクションをつくり直す。
高かったからでも、名盤だからでも、マニアとして持っておくべきだからでもない。
今の自分が聴きたいか。これからも手元に置いて、ときどき取り出したいか。その気持ちで選んでみたい。
もちろん、後ろ髪は引かれる。
長く持っていたレコードには、買った頃の自分まで挟まっているようで、そう簡単には割り切れない。
それでも、放下着。
この言葉を胸に、また一枚、段ボールに収める。
空いた棚は、少し寂しい。でも清々しくもある。
無作為にひょいとレコードをつまみ出し針を落とす。
お気に入りのナンバーが流れる。
放下著(ほうげじゃく)とは禅の言葉で「執着を捨て去れ」「手放してしまえ」という意味。「放下」は捨てること、「著」はその意味を強める命令の助字。

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