三坪里山 カーテンのいらない暮らし。
家を建てるとなると、広い庭があって、デッキがあって、休日には家族でバーベキュー。住宅雑誌の表紙にもなりそうだ。
ただ、実際に暮らし始めたら、そのデッキをどれくらい使うのだろう。
もちろん、デッキが好きでよく使う家族もいる。そういう暮らしなら、つくってもいい。ただ、みんながつくっているから、うちにも必要だろうという話なら、少し立ち止まってみてもいい。
ウッドデッキにかける予算を、庭に回してみてはどうだろう。樹木を一本、建物の近くに植える。土を盛って、石を置いて、土地を少し上げてみる。すると、庭は家の外にあるものではなく、部屋のすぐそばまでやってくる。
以前、庭の工事をした福岡市中央区桜坂の店舗に、三坪ほどの小さな場所がある。工事前は、どこか落ち着かない、荒れた空間だった。そこに土や石を盛り、建物の際まで木を植え込んだ。庭というより、小さな隠れ場所ができた。室内から眺めていると、木々や自然に包まれているような感じがする。
こういう庭を私は「三坪里山」と呼んでいる。
三坪といえば、広大な敷地とはずいぶん違いがある。里山という言葉に期待しすぎると、「猫の額しかないじゃないか」と言われるかもしれないが、広さの問題ではない。密度である。小さな場所に予算と工夫を集めて、自然をぎゅっと濃くする。窓のすぐ向こうに葉があり、石があり、土の起伏がある。それだけで、部屋の感じはずいぶん変わる。
間口が狭く、奥へ長い京町家には、光や風を取り込むための内庭や坪庭がある。限られた敷地の中に自然を置き、家の中からその気配を感じる知恵だ。昔の人は、広い庭をつくれないから仕方なく小さな庭にしたのではない。小さな庭だからこそ、家の暮らしに近い自然をつくっていたのだと思う。
窓の外の木は、眺めるためだけにあるわけではない。外からの視線を受け止める「自然のカーテン」にもなる。
隣家や道路からの視線を避けたい場所には、窓の手前にぐっと寄せて樹木を植える。窓に被せるといった方がいいのかもしれない。反対に、遠くの景色を見たい場所では、木を両側に寄せて真ん中を空ける。植える場所を少し変えるだけで、視線を隠すことも、眺めを抜くこともできる。
夏は葉が茂って、日差しと視線をやわらげる。秋冬には葉が落ちて、光が入る。モミジやヤマボウシのような落葉樹を入れれば、窓の外にも季節がやってくる。
常緑樹ならいつも緑なので葉が落ちない、と思われがちだが、そんなことはない。ハラハラと葉を落とす。特に春には、まとまって落ちることもある。常緑樹というのは、「掃除をしなくていい」という意味ではない。
木を家の近くに植えるとなると、「基礎は大丈夫なのか」と心配になる。今の住宅はベタ基礎で強固につくられている。遠ざける必要はない。ただし、何でも無条件に基礎際へ植えればいいわけでもない。木の種類や根の張り方、排水、外壁との取り合いを考えて計画する。近づけるなら、近づけるための設計をする。そこは庭師と設計士の腕の見せどころだ。
庭は建物から離れたところに、広くつくるもの。そう思い込んでいると、家と自然のあいだにウッドデッキという境界ができることがある。それが悪いわけではない。でも、庭の木を家の近くに寄せると、窓の向こうに自然が迫ってくる。部屋が外へ広がるというより、外が部屋の中へ入ってくるような感じだ。
デッキの上でバーベキューをする休日も、もちろん楽しい。けれど、年に何度かのイベントのために場所をつくるのか。それとも、毎日窓を開けたときに目に入る景色をつくるのか。どちらが自分たちの暮らしに近いのか、考えてみてもいい。
庭は、遠くに置かなくていい。
家の一番くつろげるところに猫の額ほどの三坪里山を寄せて作る。それだけで、いつもの空間が、少しだけ里山の中にあるような顔をする。

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