設計ヒアリングは、お客様の欲しい部屋や設備を聞き、要望を一覧にするための時間ではありません。
私たちが知りたいのは、「何が欲しいか」だけではなく、**「なぜ、それが欲しいのか」**です。
「広いリビングが欲しい」
「収納をたくさんつくりたい」
「対面キッチンにしたい」
「大きな窓が欲しい」
「家事動線をよくしたい」
こうした言葉には、必ず理由があります。
家族が同じ場所で過ごしたい。
子どもの様子を見ながら料理をしたい。
洗濯にかかる時間を減らしたい。
庭を眺めながら、ゆっくり過ごしたい。
物が片付かない今の暮らしを変えたい。
お客様が口にする要望は、設計の答えではありません。
その奥にある暮らしを知るための入口です。
設計ヒアリングで大切なのは、部屋の数や広さを聞くことだけではありません。
私たちは、お客様の一日を知る必要があります。
朝、誰が最初に起きるのか。
どこで身支度をするのか。
帰宅後、上着や鞄をどこに置くのか。
料理をしているとき、家族はどこにいるのか。
洗濯物をどこで洗い、干し、畳み、しまうのか。
休日は、家族でどのように過ごすのか。
家のどこにいるときが、最も落ち着くのか。
図面に直接表れないような日常の中に、その家を設計するための大切な手掛かりがあります。
私たちが設計するのは部屋ではありません。
そこで繰り返される、家族の暮らしです。
医者は、患者から「頭が痛い」と聞いて、すぐに頭痛薬を出すわけではありません。
いつから痛むのか。
どのようなときに痛むのか。
ほかに症状はないのか。
問診や検査を行い、原因を考えてから治療方法を決めます。
設計も同じです。
お客様から「収納を増やしたい」と聞いて、ただ収納面積を増やすだけでは不十分です。
何が片付かないのか。
どこで使う物なのか。
誰が出し入れするのか。
なぜ現在の収納では片付かないのか。
そこまで理解して、初めて必要な収納の場所や大きさが見えてきます。
お客様の言った通りに図面を描くことが、お客様を大切にすることではありません。要望が生まれた理由を理解し、よりよい答えを考えることが、設計士としての役割です。
お客様から要望が出たとき、私たちは一度立ち止まります。
ただし、「なぜですか」と問い詰めるのではありません。
お客様自身も、最初から希望の理由を言葉にできるとは限りません。会話を重ねながら、一緒に考え、言葉になっていない思いを少しずつ見つけていきます。
ヒアリングとは、お客様から答えを聞き出すことではありません。
お客様と一緒に、本当に大切なものを発見することです。
「明るい家」
「広いリビング」
「シンプルな空間」
「おしゃれな家」
「落ち着く家」
こうした言葉は、人によって意味が違います。
明るい家とは、朝日の入る家なのか。
一日中、照明をつけずに過ごせる家なのか。
広いリビングとは、面積が大きいことなのか。
庭まで視線が抜け、広く感じられることなのか。
シンプルな家とは、白を基調とした家なのか。
木や土など、使う素材を絞った家なのか。
物が表に出ず、生活感を感じさせない家なのか。
言葉が同じでも、頭の中に描いている景色が同じとは限りません。
私たちは、
「私たちはこのように理解しましたが、合っていますか」
と確認します。
分かったつもりで進めず、同じ言葉の向こうに、同じ景色が見えているかを確かめます。
ヒアリングでは、今の住まいに対する不満が多く出てきます。
収納が足りない。
冬が寒い。
家事動線が悪い。
部屋が暗い。
これらを改善することは大切です。しかし、不満だけを聞いて設計すると、問題を解消するだけの家になってしまいます。
私たちは、現在の暮らしの中で好きなことも聞きます。
家族が自然と集まる場所。
朝日が入る窓。
庭を眺められる椅子。
使い慣れた家具。
休日の過ごし方。
家族が大切にしている習慣。
変えたいことと、変えたくないこと。
困っていることと、これからも残したいこと。
その両方を理解することが、新しい家でその家族らしい暮らしをつくることにつながります。
敷地、予算、面積には限りがあります。すべての要望を、そのまま同時に実現できるとは限りません。
だからこそ私たちは、
を、お客様と一緒に整理します。
予算調整とは、単に何かを削ることではありません。
その家族にとって、何を守るべきかを決めることです。
面積を増やすのか、素材を大切にするのか。
設備を充実させるのか、温熱性能を優先するのか。
今の便利さを取るのか、将来の可変性を残すのか。
私たちは専門家として意見を伝えながら、お客様が納得して判断できるようにします。
あらゆる設計には、利点と不利益があります。
大きな窓は、庭とのつながりや開放感を生みます。しかし、方角によっては暑さや外からの視線が問題になります。
吹き抜けは、光や家族の気配を上下階へ届けます。一方で、音や匂いも伝わりやすくなります。
無垢の木は、手触りがよく、時間とともに美しくなります。しかし、傷や色の変化、隙間が生じることもあります。
私たちは、良い面だけを伝えて採用を勧めることはしません。
利点と不利益、費用、手入れ、将来の変化まで説明します。そのうえで、お客様の暮らしや価値観に合っているかを一緒に考えます。
お客様の希望を何でも受け入れることが、良い設計士ではありません。専門家として必要なことを正直に伝えることも、信頼をつくる大切な仕事です。
私たちにとって当たり前の建築用語も、お客様には伝わらないことがあります。
性能の数値を伝えるだけでは、そこでの暮らしは想像できません。
「UA値が低い」と説明するだけでなく、
「冬にリビングから洗面所へ移動したときの温度差を小さくできます」
と、暮らしに置き換えて伝えます。
図面を見せるだけでなく、
「ここに椅子を置くと、庭のこの木が見えます」
「買い物から帰ると、この動線で食品を収納できます」
「朝は、この窓から光が入ります」
と、生活の場面に置き換えて説明します。
説明したかどうかではありません。
お客様が正しく理解し、暮らしを想像できたかどうかが大切です。
ご夫婦や家族の意見が違うことは、珍しいことではありません。
一人は開放感を求め、もう一人は落ち着きを求める。
一人は見せる収納を好み、もう一人は生活感を隠したい。
一人は面積を優先し、もう一人は素材を大切にしたい。
私たちは、どちらが正しいかを決めるのではありません。
それぞれが、なぜそう思うのかを聞きます。意見の奥にある目的が分かれば、両方を生かせる答えが見つかることがあります。
表面的な要望では対立していても、その根にある願いは同じかもしれません。
私たちの役割は、一方を説得することではなく、それぞれの思いを整理し、家族としての合意点をつくることです。
設計が進めば、構造、法規、予算、納期などの問題が見つかることがあります。
そのとき、答えが決まるまで報告を遅らせてはいけません。
これらを早く、正確に伝えます。
問題が起きたことよりも、知らされなかったことの方が、お客様の信頼を損ないます。
分からないことを曖昧に答えず、
「現在確認中です。○日までに回答します」
と明確に伝え、約束した期限を守ります。
会話が弾んだからといって、よい打合せができたとは限りません。
打合せの最後には、必ず次のことを確認します。
そして議事録に残し、お客様だけでなく、設計、積算、工事、現場監督、職人まで同じ情報を共有します。
お客様の思いが設計士に伝わっても、施工する人へ正しく伝わらなければ、その思いは建物になりません。
ヒアリングは、話を聞いて終わる仕事ではありません。
聞いたことを設計条件へ変換し、図面と仕様へ反映し、施工まで正確につなぐ仕事です。
私たちが目指すヒアリングは、希望する部屋や設備を聞き取るだけの「御用聞き」ではありません。
お客様の言葉に耳を傾け、その奥にある理由を考える。
日々の暮らしを知り、まだ言葉になっていない思いを見つける。
現在の不満を解決するだけでなく、その家族が大切にしているものを残す。
専門家として利点と不利益を伝え、優先順位を一緒に整理する。
互いの認識を確かめ、納得できる答えをつくる。
医者が患者の言う薬をそのまま出すのではなく、症状の原因を探り、その人に合った治療方法を考えるように、私たちも、お客様の言う間取りをそのまま描くのではありません。
何が欲しいかではなく、なぜ欲しいのか。
どんな家にしたいかではなく、そこでどのように暮らしたいのか。
その答えを、お客様と一緒に見つけていく。
そして、言葉になった要望だけでなく、言葉の奥にある思いまで、設計として形にする。
それが、私たちが設計ヒアリングで最も大切にしたいことです。
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