価値の時代
価値の時代
明日から7月、また値上げの報道。
ということで
スーパーへ行くたびに思う。
「これも上がったな。」
卵もそう。
コーヒーもそう。
味噌や醤油もそう。
昔なら値札を見て、「今日はやめておこう」と思っていたものが、
今では「しょうがないなー まあ、こんなものか」と、そのままカゴに入れていく。
人間というのは、意外と順応する生き物らしい。
最初は驚く。
文句を言いつつもそのうち慣れる。
最後には、それが普通になる。
物価が上がることよりも、自分の感覚が静かに変わっていくことなのかもしれない。
最近は、「安いから買う」というより、
「せっかく買うなら納得できる価値のあるものを」という考え方が少しずつ増えてきたように感じる。
毎日、自然に触れるものだから
長く付き合うなら。
そんな理由で納得できる価値のあるものを選ぶ。
それは贅沢というより、失敗したくないという気持ちなのだろう。
家づくりも、きっと同じだ。
家は冷蔵庫や洗濯機とは違う。
十年使ったら買い替えるものではない。
三十年、四十年と、家族と一緒に歳を重ねていくものである。
家の価値というのは、引き渡しの時にはまだ半分もわからない。
十年住んで分かることがある。
二十年経って気づくことがある。
木の床が飴色になったこと。
塗り壁が少しずつ味わいを増したこと。
夏でも家の中が思ったより涼しいこと。
冬の日差しが思った以上にありがたいこと。
住み続けるほど、「なるほど、このためだったのか」と分かることが、実はたくさんある。
だから私は、家は「価格」で比べるものではなく、
時間経過による「価値」で比べるべきものだと思っている。
建てた瞬間の満足より、三十年間、毎日感じる心地よさのほうが大きい。
毎朝差し込む光。
窓を開けたときの風。
雨の日でも安心して開けられる深い軒。
素足で歩く無垢の床。
そんな小さな気持ちよさは、一日では大したことがない。
でも、それが一万日積み重なると――。 それは、とてつもなく大きな価値になる。
インフレの時代になると、「いくら高くなったか」という話ばかりになる。
けれど、本当に考えたいのは、
「その価格で、どれだけ豊かな時間を買えるのか」ということではないだろうか。
家は、買った瞬間に価値が終わるものではない。
暮らしながら価値を感じていくものだ。
だから私たちは、家ではなく、三十年後の暮らしを設計したい。
その積み重ねが、「この家にして良かった」という、何よりうれしい答えになると信じている。

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