「ガチャン」というギミック
「ガチャン」というギミック
少し前に観た映画ヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』
東京でトイレ清掃員として静かに丁寧に暮らす男・平山の日々を描いた作品で、
役所広司の演技とともに“カセットテープで聴く音楽”が物語の核となっている。
主人公は毎朝、古いカセットデッキにテープを差し込む。
「ガチャン」
その音とともに一日が始まる。
流れてくるのはNina SimoneやLou Reedといったマイフェイバリットだが、
不思議なことに音楽以上に、その「ガチャン」という音が耳に残った。
以来、カセットテープにハマっている。
若い人にはわからないかもしれない。
昔、音楽はクラウドにはなかった。
ケースから取り出し、デッキに入れ、「ガチャン」と蓋を閉める。
そして再生ボタンを押して初めて音楽が始まる。
そこには少しだけ面倒な時間があった。
だが、その面倒こそが儀式だったのである。
現代は便利になった。
聴きたい曲を検索すれば、数秒で流れてくる。何千万曲でも自由自在だ。
しかし、自由とは時に気まぐれでもある。
イントロだけ聴いて飛ばし、サビだけ聴いて次へ行く。
便利になればなるほど、人は自分の都合だけで作品を切り刻むようになった。
その点、カセットは融通が利かない。
一度再生すれば、最後まで付き合うしかない。
片面四十五分。
終わればデッキから取り出し、裏返してまた四十五分。
合計約一時間半。
限られた音源を、じっくり聴き尽くす。
昔は「アルバム」と呼んでいた。
今は一曲ずつ消費する時代だが、
本来アルバムとは、一曲目から最後まで聴いて初めて完成するものだった。
映画を途中だけ観て評価しないように、小説を好きな章だけ読まないように、
音楽にも作り手が並べた順番がある。
静かな曲のあとに激しい曲があり、最後に余韻だけが残る。
それら全部を受け取って、ようやく一つの作品になる。
私は最近、忘れていた当たり前のことを、カセットテープから教えられている。
物質は無形へ、所有はクラウドへと変わった。
便利さは手に入れた。
その代わり、私たちは作品と向き合う時間や、待つ時間、
そして作り手の意図に身を委ねる時間を少しずつ失ってきたのかもしれない。
だから今日も私は、デッキにテープを差し込む。
「ガチャン」
たったその一音が、「これから九十分、この作品に付き合おう」という、
自分自身への小さな約束のように聞こえるのである。
PS. 最近ようやく、オーティスが身にしみる歳になった。
House of the Rising Sun / The Animals
Pale Blue Eyes / The Velvet Underground
(Sittin’ On) the Dock of the Bay / Otis Redding
Redondo Beach / Patti Smith
Aoi Sakana(青い魚) / 金延幸子
Perfect Day / Lou Reed
Brown Eyed Girl / Van Morrison
Feeling Good / Nina Simone
(Walkin’ Thru The) Sleepy City / The Rolling Stones
Sunny Afternoon / The Kinks

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