注文の多い注文住宅
今回は忖度のないお話。
注文の多い注文住宅
昔、宮沢賢治の作品で『注文の多い料理店』という童話があった。
客が料理を注文しているつもりが、
気がつけば、注文されているのは自分のほうだった――
そんな、少し皮肉の効いた物語だ。
この話を思い出すたび、私は住宅の仕事とどこか似ていると感じる。
世の中には「注文住宅」という言葉がある。
好きな間取り、好きな設備、好きなデザイン。
なんでも自由に決められる家。
聞こえはいい。
だが、長年この仕事をしてきて、ひとつ確信していることがある。
実は、
注文が多い家ほど、いい家にならない。
これは業界の人間ほど分かっているが、なかなか口にしない事実だ。
家づくりの打ち合わせで、
「ここに収納を足したい」
「この壁をなくしたい」
「この設備を入れ替えたい」
「インスタで見たこれをやりたい」
要望が増えるほど、顧客は「理想に近づいている」と思う。
だが設計の側から見ると、
それはだんだん“継ぎはぎ”になっていく過程でもある。
本来ひとつの思想で設計されるべき家が、
部分最適の寄せ集めになっていく。
例えるなら――
患者が医師に向かって
「ここを切ってください」
「薬はこれを出してください」
「この手術法でお願いします」
と指示しているようなものだ。
医療がうまくいくはずがない。
家も同じだ。
設計とは、全体を診る仕事である。
暮らし、動線、光、風、構造、素材、経年変化。
それらを統合して、はじめて一つの“住まい”になる。
一部分だけを見て決められるほど、単純なものではない。
注文が増えすぎた家は、
やがて「改造車」みたいになる。
エアロを付け、車高を落とし、ホイールを変え、マフラーを替え――
パーツは洗練されているが、全体としてはどこかちぐはぐ。
カタログ上はハイスペック。
だが、走らせると違和感がある。
家も同じだ。
設備は最新、収納も多い、要望は全部入っている。
それなのに、なぜか落ち着かない。
なぜか長く居たくない。
「違和感のある家」になる。
本当にいい家とは、
注文が少ない家だ。
いや、正確に言えば、
信頼が多い家だ。
「ここだけは実現したい、それ以外は基本的にお任せします」
「プロとしてのあなたの提案を聞きたい」
この一言が出たとき、家は急に良くなる。
設計者が責任を引き受け、
全体のバランスを整え、
一本の思想でまとめられるからだ。
それは「自由がない家」ではない。
むしろ逆だ。
暮らしが自然に流れ、
何も意識せずに気持ちよく過ごせる、
いちばん自由な家になる。
注文住宅という言葉は、少し誤解を生む。
本当に目指すべきは、
「言われた通りにつくる家」ではなく、
「暮らしを読み取って提案する家」提案住宅。
家は、
パーツの集合体ではない。
思想のかたまりだ。
注文が多い家は、説明が多くなる。
いい家は、説明がいらない。
ただ、静かに、心地いい。
それだけで十分である。

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