数寄者
最近、自家の作庭や茶の湯などの数寄事に、心を寄せている。
庭に手を入れたり、茶道具を集めたり
もともと性分なのだろう、昔から「数寄者」だったのかもしれない。
すきものではない。すきしゃと読む。
建築に始まり、庭に手を入れ、書を眺め、音を聴き、茶を飲む。
ひとつひとつは別の世界のようでいて、どこか底でつながっている。
形を整えるというよりも、心や気配を整える行為に近い。
若い頃から、好きな禅語に「行雲流水」がある。
雲は行き、水は流れる。
とどまらず、争わず、かたちに執着しない。
無理に逆らわず、しかし流されもせず、
その時々に応じて、悠々と自然体でよどみなく進む。
こだわりや執着を手放しながら、
静かに、確かに、自分の芯を保って生きる姿である。
これからは、ミドルネームを
「行雲」と名乗ることにしよう。
雲のように悠々と、確かに在るが留まらず。
そして、さらに歳を重ねたならば、
その時は「流水」と名を改めようと思う。
水のように、低きに流れ、
抗うことなく、しかし岩をも穿つ強さを内に持つ。
名をつけるというのは、ただの戯言でもない。
今後の生き方を、自分に言い聞かせるための「我がプレッジ(pledge)」のようなものだ。
建築も、作庭も、書も、茶も、
結局は同じところに向かっている。
余計なものを削ぎ落とし、
残るものだけで、世界を立ち上げる。
それが数寄というものならば、
この先も、静かにそれを続けていきたいと思う。
行雲
ps ちなみに雲水とは修行僧のことを指す。

092-942-2745