店主と店長の違い。
屋には、なぜ良いものがあるのか その弍
最近、ふとした縁で、驚くほど旨い豆腐に出会った。
口に入れた瞬間、「ああ、これが本当の豆腐か」と思わされた。
大豆の香り、水の気配、舌に残る余韻。
ただの食品ではない。つくり手の意志が、そのまま形になっていた。
そこで、ひとつ気づいたことがある。
「店主」と「店長」は、似ているようで、まったく違う。
店長は、“売れるもの”を探す。
数字を見て、回転を見て、利益を考えて、最適な商品を並べる。
それは正しい。組織としては、当然の判断だ。
だが、店主は違う。
店主は、“自分がいいと思ったもの”を置く。
売れるかどうかの前に、
「これは本物か」「これは出すに値するか」
その一点で選ぶ。
たとえば豆腐屋。
豆腐屋の店主は、豆腐というものに人生をかけている。
水を選び、大豆を選び、手間を惜しまず、
自分の納得のいく一丁をつくる。
そこには、他人の評価より先に、
自分の美意識がある。
一方で、スーパーに並ぶ豆腐はどうか。
多くのメーカーの商品が並び、
価格、量、見た目、流通の都合で選ばれる。
そこにあるのは、安い高いといった「平均点の最適解」。
誰にでも受け入れられる代わりに、
誰かの強い意志は、そこにはない。
だから、“屋”には良いものがある。
肉屋、魚屋、豆腐屋、酒屋、道具屋。
そこには、店主がいる。
選んでいるのは、データではない。
人間の目利きである。
効率ではない。
責任、信念。
「これを出す」と決めた人間がいる。
その覚悟が、品質になる。
一文字違うだけである。
店長と店主。
だがその違いは、
売り場の空気も、並ぶものの質も、すべてを変えてしまう。
屋には、良いものがある。
それは、
人が選び、人が責任を持っているからだ。

092-942-2745