■たった30秒。でも、そこには40年が詰まっている
■たった30秒。でも、そこには40年が詰まっている
先日、吉村順三の最後の設計による「天一美術館」を見学するため、群馬を訪れた。
静かな佇まいの中に、自然と建築、そして芸術がまるで溶け合っているような空間だった。
その展示のひとつ、ピカソのスケッチを前に、ふとある逸話を思い出した。
ピカソがナプキンに描いた小さな絵、幾らかと聞くと1万ドルという。
それを見たファンが驚いて、「たった30秒で描いたのに」と言ったらしい。
ピカソはこう答えたという。
「これは30秒じゃない。40年と30秒かかっているんだ」
——なんて静かで、重たい言葉だろう。
時間そのものを、絵の中に溶かしてしまえる人の言葉だ。
たった一本の線を引くまでに、何年も図面と向き合ってきた人がいる。
図面には描かれていない“指の感覚”で、棚の角の丸みを瞬時に決める人がいる。
窓の高さを数ミリ変えるかどうかで、次の日まで悩む人がいる。
「それって、どのくらい時間かかりましたか?」
そう尋ねられることがある。けれど、その問いにはいつも答えに迷う。
図面は一晩で引けるかもしれない。
でも、それが“引けるようになるまで”に、どれだけの時間がかかったかは、誰にも測れない。
大切なのは、かかった時間ではない。
そこに注ぎ込まれた経験と、情熱の濃度だ。
私たちも、そんなものをつくりたいと思っている。
時間のあとにも残っていくのは、きっと「どんな思いでつくられたか」だと信じている。
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文・長崎秀人(長崎材木店一級建築士事務所 代表)